2006年12月のブログ
2006年12月13日

~「一生懸命」と「わくわく」はむくわれる♪~
ちょうど一年ほど前になります。
「Weekend Japanology」という番組を担当しているNHK国際放送局プロデューサーから一通のメールを頂きました。「『着たい!私のふだんきもの』を拝見したのですが、英語で日本の文化と最新トレンドを世界300カ国近くに放送している45分間のインタビュー番組に出演していただけないでしょうか?」
英語できものを語る!?!
かねてより、英語できものの歴史、きつけを記した本がほとんど無いことを不思議に思っていた私にとってはとても興味のあるお申し出でした。
そうはいっても奥深いきものの世界を説明するのは日本語でも難しいのに、英語なんて・・・
しかし、好奇心とふだんきものを普及したいという使命感!にかられた私はプロデューサーにお目にかかりました。そして、5分後にはすっかり旧知の間柄のように意気投合。帰国子女であり、きもの知識・体験ゼロといってよいほどのその方へ、わくわくときものの「魅力・魔力・威力」について語っていました。
その日から、事前取材、横浜骨董市でのロケ、お稽古場でのホストPeter Barakanさんへの変化きつけ、構成ご助言、撮影で使用するきものの準備、本番など多岐にわたる「一生懸命」&「わくわく」の日々が開始されたのでした。
本番当日はPeter Barakanさんと菊池真美さんとの楽しいインタビューの一時でした。最初は英語が口をついてなかなかでないもどかしさはありましたが、結果的には分かりやすい番組になったと思います。2006年1月中旬に数回(再放送をふくめて)海外の衛星放送で流され、その後、4月から初めてNHK総合TVで国内でも視聴できるようになり、その最初の回にこれまで200本以上の番組テーマの中から「Kimono着物」が選ばれがオン・エアーされました(現在も、日曜日の夜中にさまざまなテーマでやっています)。当時は本番前日夜中まで大変でしたが、結果的に国内でも放送されることとなり、少しでもきものに興味を持ってくれる人がふえればうれしいと願っていました。
そんな想いがあった番組がこのたび、番組DVD付で英語を勉強する人にも役立つムックとして刊行されました。『NHK Weekend Japanology 英語で学ぶ日本のこと Kimono 着物』(MCプレス1400円)
英語を話すことができても文化を語れない人、文化は理解していても英語で語れない人、着物のきつけを外国人に英語で教えてあげたい人、自分できもの着たい人、英語はしゃべれないけれど日本の一端を知らせたい人、外国人への手頃なお土産を探している人 etc. そんな方々にお勧めの一冊です。
pp2-10には監修イラストやインタビュー記事、またほぼ全ページをとおして英語の設問などにも登場しておりますので、ぜひ書店で手にとってご覧ください。
日本って素敵だなぁ、きものって美しいと改めて「わくわく」と思わせてくれる本となりました。
投稿者 Kazumi : 15:49
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2006年12月11日

~ご迷惑をおかけしておりました~
最近、『孤独力』が手に入らないのですが・・・というお話を頂くことが講演会などでもしばしばありました。ついに私自身も手にはいらなくなり、出版社に問い合わせたところ「在庫がありません」と。
「えっ!」
オンライン書店をみてみると、プレミアがついて8,000円などというのもあります。この価格を知った時には、「えっ、定価1500円が8000円!」
でも、考えてみれば『孤独力』は骨董品ではないのです、一人でも多くの目にふれ、読んで頂き、誰かがどこかで共感してくださることが著者最大の願い。世に送りしたわが子が多くの考えや意見にもまれることが冥利であり、決して床の間に飾られることではありません。
2001年11月に『もう、「ひとり」は怖くない』(祥伝社)にてソリテュード(積極的孤独)という概念と生き方を提案して以来、”ひとりの時間”が心を癒すキーワードとして着実に浸透してきました。雑誌、新聞などメディアの取材も数多く頂き、この段階では「ひとりで居る」ことに対して「罪悪感を持つ必要はない、むしろ自分らしさを取り戻すには必要なプロセスなのです」ということにポイントをあてて応えてきました。その後の『孤独力』(講談社)では、さらにその考えを学術的説明をいれながら、ソリテュードの効用と昇華を中心に説明してきました。
研究成果を発表して以来5年間の活動の中で「孤独」という言葉は日を重ねるにつれ、人々の心にある光と影の両方を強く捉えているキーワードとして、誰もが一度は考えてみたいものへ確実に変化してきました。
「ひとりでいる」ことから湧き上る悲しみや寂しい(ロンリネス)という感情、あるいは、明るさや深い喜びという感情(ソリテュード)。これら二面性をもった「孤独力」についてさらに深く、さらに具体的に書いていくことが2007年早々の課題です。
もちろんTV、ラジオ等の取材、講演で語る活動も役目であると考えています。なぜならば、多くの人が直感的に知っている「ひとりの時間が自分を癒す」という状態にソリテュードという名前を与え、その心のメカニズムを説明することにより、人は「自分だけの気休めの考え方ではない」「自分が弱いのではない」と知ることができるからです。それは今を生ききる中で閉塞感や、迷いが生じた自分自身をやさしく包み込む考え方になるのではないでしょうか。
どうぞ、これを機にお近くの図書館でも『孤独力』をリクエストして頂ければ幸いです。
投稿者 Kazumi : 15:53
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2006年12月11日
~1時間以上のわくわく生放送~
11月下旬のある日、一通のメールが届きました。
「9月25日(月)朝日新聞のソリテュード(積極的孤独)取材記事を拝見しました。わたくしの番組に出演頂けないでしょうか」
それはNHKのチーフ・アナウンサー村上信夫さんからのものでした。その後のお電話では「わくわくラジオ」をすでに6年以上ご担当の方で、「孤独」というキーワードの明るい側面はリスナーの方の興味をかきたてるものになると確信したというものでした。直感的にわたくしの理論を洞察して頂いているご様子に、出演を快諾させていただきました。
その後も本番までの短い日程でソリテュード本や資料を熟読なさり、また私自身への事前インタビューもお目にかかった当初よりソフトな語り口ではありながらも、鋭い視点での深い質問にこちらもいろいろと考えさせられる良い機会となり「さすが!」でした。
12月11(月)朝8時30~11:30放送「わくわくラジオ」でのゲスト出演は9時25分頃より1時間程度と伺っていました。ラジオは以前にも出演したことはありましたが、私自身の辛かった体験を語るということは初めてのことです。
村上さんは自称「人たらし」。「毎日のゲストにはスタジオにある”村上湯”にゆったりとつかって頂くつもりでお話をきいています」というだけあり、さすがに巧みに心を開かせ、気づいた頃には、「あれも話たい、これだけは伝えたい。」という当初の頭の中のシナリオもどこへやら、”村上湯”にゆったりとつかり、心に湧き出る思いを喋っていました。しばらくするとリスナーからゲストへのFAX、e・ma-ilを募集します。
「何の反応もなかったら・・・」
という危惧はまったくの杞憂におわりました。
時をおうごとに反響は大きく、100通を超え・・・さらに・・・
驚いたことに、わたくしは講演会などとの時に比べるとむしろ言葉足らず感があったにもかかわらず、リスナーの方々はそれぞれの人生の中で「孤独の素晴らしさ」が琴線に触れたときの体験をきちんと伝えてくださっていることなのです。20才代の学生の方から70才代の方まで、どの一通もにも個性があふれユニークな内容にはこちらが頭が下がると同時に、感動を覚えました。
結局、11時を過ぎてもご一緒にリスナーの方々のお便りに感想を伝えさせていただいていました。
みなさんの内容は重みがありながら軽やかで、わたくしの感想は「素敵!」の一語でした。
当日はソリテュードの源があったらこそ生まれたKimono Lifeということできもので参りました(写真)が、着物で出演しているという村上アナウンサーの説明から「きものを縁側で縫っているときの一人の時間のすばらしさ」ということに思いを馳せてくださった方もいらっしゃいました。
日常生活でラジオを聴く機会はほとんどありませんが、きょうの経験で言葉のもつ力、言葉から育まれる想像力の偉大さということに深く思いを至らされました。
投稿者 Kazumi : 14:59
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2006年12月01日

~人間を成熟させる「ひとりの時間」~
9月下旬、朝日新聞のソリテュード(積極的孤独)取材記事をご覧になった方からメールで講演の依頼を頂きました。「茨城県水戸にある小さな幼稚園なのですが、お母様たちにお話しをしていただけますでしょうか?」 幼子をめぐり多発する事件や悩みが表面化している今こそ、保護者の方々と「ソリテュードの効用」について意見交換をする機会を得ることはうれしく快諾いたしました。
その後、資料などを頂いて驚いたのですが、そのクェーカー派の教会幼稚園は1916年水戸にE・F・シャープレス女史により設立され、園児数十名の保護者にはある冊子が配布されているとのこと。
それが『子どもと孤独~創造性を養うために~』という冊子で、原文タイトルはChildren and Solitude かねて私が研究資料の一つとして参考にし、その際あまりの論点の一致に驚いた文献だったのです(邦題『子どもが孤独(ひとり)でいる時間(とき)』E・ボールディング)。著者はクェーカー教徒である社会学者で、その内容は子どもが一人でいる時間の大切さについて親に語っているものです。それは40年以上前に書かれたものなのです。さらにこの幼稚園ともいくつかの縁があることがわかり、「孤独」が人と人とを繋ぐシンクロニシティに感じいった日でもありました。
12月1日(金)14:00からの講演には、若く熱心なお母様たちが司会進行もつとめられ、心地よい時間の中で進んでいきました。まずは、孤独のもつロンリネス(消極的孤独)とソリテュード(積極的孤独)の二面性について語り、ロンリネスからソリテュードへの昇華のプロセス、その効用について特に、こどもとの関係性を例にあげ説明していきました。質疑応答の中でも、「子どもがひとりでいるとつい注意をしてしまいがちだったが、これからはそれも良しとして見守ろう」「『もう、「ひとり」は怖くない』を読んでいたら小6の娘が面白い!と読み始めた」など、ううれしい意見も頂きました。
2時間ではありましたが、熱心な出席者との密度の濃い時間を共有することができました。それにつけても、ここ数年で「ひとりの時間」が確実に浸透してきていると感じていた中、こどもをめぐる環境は40年以上前とほとんどかわっていないということを認識しました。つまり、子ども社会の中ではやはり、大人は「良い友達をたくさんつくること」、「他のこどもたちと協調していけること」を期待しているということなのです。母親本人はソリテュードのよさや必要性を感じていながらも、つい子どもには「群れ」の中にいることで安心感をもってしまうようです。
こんな「ひとり」に対する「おもいぐせ」こそ私が今後さらにソリテュードという生き方について活動をしていくなかで、さらに分かりやすく考えを展開していくテーマであると考えさせられました。
さて、帰路急ぎ水戸駅へ行ったのですが、ホームにて東京でのその日の打ち合わせが突然キャンセルとなったことを知りました。私は踵を返し、かねてより行きたかった水戸の偕楽園へとタクシーを飛ばしました。梅の季節には多くの人出ですが、夕方近い偕楽園はほぼわたくしへの貸切状態。
椿を剪定するはさみの音、ばさりと落ちる枝の音、沈みかけた太陽が樹齢750年の太郎杉の間からみえる神々しさ、湧き水のおいしさ、建物の素朴な素晴らしさなど心いっぱいに堪能できました。
ソリテュード・タイムを意識して生きているということは、こういうハプニングに柔軟に対応できる心構えの一つでもあると再認識。 広大な庭園で剪定した椿をきものの腕一杯に抱えてもどってくることができました。
投稿者 Kazumi : 15:23
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