2006年12月01日
少友幼稚園でのソリテュード講演会
9月下旬、朝日新聞のソリテュード(積極的孤独)取材記事をご覧になった方からメールで講演の依頼を頂きました。「茨城県水戸にある小さな幼稚園なのですが、お母様たちにお話しをしていただけますでしょうか?」 幼子をめぐり多発する事件や悩みが表面化している今こそ、保護者の方々と「ソリテュードの効用」について意見交換をする機会を得ることはうれしく快諾いたしました。
その後、資料などを頂いて驚いたのですが、そのクェーカー派の教会幼稚園は1916年水戸にE・F・シャープレス女史により設立され、園児数十名の保護者にはある冊子が配布されているとのこと。
それが『子どもと孤独~創造性を養うために~』という冊子で、原文タイトルはChildren and Solitude かねて私が研究資料の一つとして参考にし、その際あまりの論点の一致に驚いた文献だったのです(邦題『子どもが孤独(ひとり)でいる時間(とき)』E・ボールディング)。著者はクェーカー教徒である社会学者で、その内容は子どもが一人でいる時間の大切さについて親に語っているものです。それは40年以上前に書かれたものなのです。さらにこの幼稚園ともいくつかの縁があることがわかり、「孤独」が人と人とを繋ぐシンクロニシティに感じいった日でもありました。
12月1日(金)14:00からの講演には、若く熱心なお母様たちが司会進行もつとめられ、心地よい時間の中で進んでいきました。まずは、孤独のもつロンリネス(消極的孤独)とソリテュード(積極的孤独)の二面性について語り、ロンリネスからソリテュードへの昇華のプロセス、その効用について特に、こどもとの関係性を例にあげ説明していきました。質疑応答の中でも、「子どもがひとりでいるとつい注意をしてしまいがちだったが、これからはそれも良しとして見守ろう」「『もう、「ひとり」は怖くない』を読んでいたら小6の娘が面白い!と読み始めた」など、ううれしい意見も頂きました。
2時間ではありましたが、熱心な出席者との密度の濃い時間を共有することができました。それにつけても、ここ数年で「ひとりの時間」が確実に浸透してきていると感じていた中、こどもをめぐる環境は40年以上前とほとんどかわっていないということを認識しました。つまり、子ども社会の中ではやはり、大人は「良い友達をたくさんつくること」、「他のこどもたちと協調していけること」を期待しているということなのです。母親本人はソリテュードのよさや必要性を感じていながらも、つい子どもには「群れ」の中にいることで安心感をもってしまうようです。
こんな「ひとり」に対する「おもいぐせ」こそ私が今後さらにソリテュードという生き方について活動をしていくなかで、さらに分かりやすく考えを展開していくテーマであると考えさせられました。
さて、帰路急ぎ水戸駅へ行ったのですが、ホームにて東京でのその日の打ち合わせが突然キャンセルとなったことを知りました。私は踵を返し、かねてより行きたかった水戸の偕楽園へとタクシーを飛ばしました。梅の季節には多くの人出ですが、夕方近い偕楽園はほぼわたくしへの貸切状態。
椿を剪定するはさみの音、ばさりと落ちる枝の音、沈みかけた太陽が樹齢750年の太郎杉の間からみえる神々しさ、湧き水のおいしさ、建物の素朴な素晴らしさなど心いっぱいに堪能できました。
ソリテュード・タイムを意識して生きているということは、こういうハプニングに柔軟に対応できる心構えの一つでもあると再認識。 広大な庭園で剪定した椿をきものの腕一杯に抱えてもどってくることができました。
投稿者 Kazumi : 15:23 | コメント (0) | トラックバック (0)
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